社会と心を考える

研究します

「支える側」と「支えられる側」

 福祉国家としての新しい在り方について議論が深まる中、それまでに困窮や格差を改善するためあらゆる政策がなされてきたことはご存じだろうか。

 

 1970年代アメリカで始まった「支えられる側」を焦点とした選別主義的な社会保障政策(特定の弱者が対象の中心となる)は「支える側」の反発を招き、結果的に格差を拡大させてしまった。

 

 一方、スウェーデンでは経済成長の恩恵が、「支えられる側」である下層の人達へ行きわたるよう再配分する仕組み、つまり普遍主義的な社会保障制度(特定の弱者がだけが対象とならない)を構築し、「支える側」への社会保障、例えば公共サービスと呼ばれる保育や介護サービスを拡大することで、「支える側」の普遍主義的な社会保障制度への支持を高め、結果的に下層への社会保障費が拡大され困窮や格差の改善につながったのである。

(支える側は中間層が多く納税者でもあるから、政治を握る中間層からの支持を得ることで政策が成功した。あと、中間層を社会的に保護する仕組みがあったため、安定した社会保障制度を築くことが出来た)

 

 このような話から分かることは、「支えられる側」つまり弱者を支えることだけを意識した仕組みでは、「支える側」の負担を増やし反発を招いてしまい、結果的に支えるべくして支えられなくなってしまうということである。

 

 他方、教育現場でも同じ現象が起きている。支えられる側である生徒が保護の中心となった仕組みが進められることで、支える側である教師を保護する仕組みが相対的に脆くなり(長時間労働)、結果的に生徒に影響を与えてしまうことになった。(いじめの増加など)

 

 支える人を中心とした仕組みの構築、例えば教師の働き方改革を前面に出すことを大前提とした学校運営が必要ではないだろうか。

トップダウン型の支援ではなく、公務支援システム、教務事務支援員や部活動指導員を導入して多数の人達で一人の教師を支えるボトムアップ型の支援が必要である)

 

 参考文献:(宮本太郎「転げ落ちない社会 困窮と孤立を防ぐ制度戦略」 2017)